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.14.2012
鮎川港での美しい夕陽。 正月の元旦から3日にかけて、宮城県の牡鹿半島にボランティアへ
行って来ました。
元旦の夜に横浜を出発、東京駅で合流する人たちをピックアップして
総勢26名、JILCAの主催するボラバスツアーで現地へ向かいます。
⇒興味のある方はこちらへ 。
毎回、仮設住宅で被災者の方々にマッサージをする「マッサージ部隊」。
そのサポートをしながら、お茶やお菓子などをお出ししてお話をしなが
ら楽しいひと時を過ごして戴く、「カフェ部隊」。
そして、野外での作業が中心な「ガテン部隊」と分かれて活動します。
私はいつもはガテン部隊ですが、今回は2日目にカフェ部隊に参加して
貴重な経験をさせて戴きました。
1日目の活動は牡鹿半島の沖合にある金華山と言う島での活動です。
金華山は、島全体が黄金山神社の神域となっており、今回はその神社
の片付けや参拝者の案内などを行います。
波頭をかき分け、一路、金華山へ。 島へは、現在は十数人乗り小型船が唯一の交通手段です。
震災前はフェリーが行き来をしていましたが、島の船着き場が地盤
沈下で使えなくなってしまったので、現在は運行をしていません。
船着き場の建物は大きく被災し、近くの崖は9月に来た台風で
土砂崩れがおき、大きく山肌を晒していました。
島の神社「黄金山神社」も震災の爪痕が大きく残されていま
した。大きな灯篭は倒れ、参道の石畳もぐちゃぐちゃになって
います。これを見て、本当に現地が復興するのにはどれだけの
労力とお金がかかるのだろうと、、気が遠くなりました。。
この神社だけ見ても、復旧するためには数年の歳月と数千万~
億単位のお金がかかると思います。それはここだけでなく、
どこの被災地も同じであり、現地の方々が失われた生活を取り
戻すために、どれだけの苦労が待っているのでしょうか。。
そう思うと、私たちボランティアがその為に出来る事を改めて
考えなければと思いました。
活動は境内の清掃や片付け、参拝者への案内などでしたが、
やはり参拝される方は少なく、閑散とした寂しい正月の風景
でした。
夕方鮎川港に帰り、別のボランティ団体の方々が炊き出しで
用意してくれた、おでんと甘酒をご馳走になりました。
凍えきった体が温まります
改めて鮎川港で見た夕陽の写真を。
すべてが黄金色に輝いてすごく綺麗だった~。
でもそのすぐそばには無残な光景が。。
被災した港すぐそばの旅館。
きっとこの旅館からは、毎日綺麗な夕陽が見れたのですね。。
2日目は私自身、はじめて仮設住宅へ行き、そこに住まわれて
いる方々とお話する機会が持てました。
マッサージ部隊2名とカフェ部隊4名が1チームとなり42名の
方々が住まわれている仮設住宅へ行きます。
※写真は、現地の方々のお顔が写っていますので、敢えて掲載を 控えます。 集会場でお茶の準備などをして待っていると、マッサージを受け
に来られる方々がポツリポツリと集まり始め、30分もすると
集会場は人で一杯の盛況となりました。
マッサージを待たれている方々に熱いお茶をお出しして、色々と
お話をしていると、みなさん本当に楽しく嬉しそうにして戴き、
こちらもとても嬉しくなりました。
そして、ボランティア活動には、こう言った心の癒しを少し
でも感じて戴く活動も、とても大切なのだと強く思いました。
今まで力仕事が中心だった自分の活動で、これからは出来る
事が少なくなって来るのかな~と思っていた矢先でしたので、
これは大事な気付きでした。
そして何より自分も楽しかった
これからは今までどおりの力仕事での活動も続けながら、
現地の経済的な復興に何が出来るのかを考える事、
そして復興の陰でひっそりと取り残されていく方々の
心のケアをして行く活動が出来ればと思った、
今回のボラ活動でした。
宿泊したキャビンからの朝の風景。 最後に、今回も素敵なボラ仲間に囲まれ楽しく明るく
活動が出来て、最高の正月を迎えることが出来ました。
主催して戴いたドン、安全運転でバスを運行してくれた
ドライバー部隊、そして素敵なボラ仲間に大きな感謝です。
.04.2012
※社内メルマガより転載
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【社員各位】 社長通信 ~ほぼ週イチ~ 2012.1.4(wed)
仕事始め版 vol.241
社員各位
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
本社は本日より稼動しております。
【2012年経営抱負 】
2008年のリーマンショック以降、あまりの経営環境の変化に
対応して行く事に精一杯で、積極的な成長路線を取れずにいました。
この点、私自身深く反省しており、今年はその轍を踏まずに、初心に
帰ったつもりで、ウイルワークス・システムズを皆さんが誇りと思え
る会社に出来るように粉骨砕身の思いで経営に取り組む覚悟です。
具体的に、
・積極的な人材採用。 ・取引先の拡大。 ・新規事業の実現。 ・大幅な体制変更。 ・社員待遇・教育体制の向上。 等々、沢山の取り組まなければならないテーマが山積みとなって
いますので、これからしっかりと計画を立て、計画倒れとならな
いように現実的な方策を取り、一歩づつでも確実に成長をして行
きたいと考えています。
皆さんには今まで以上に協力をして戴きたいと願っていますので
今年も何卒よろしくお願い致します。
元気に頑張って行きましょう!!
【元旦から 】
仕事の話ではありませんが、元旦より昨日3日まで、宮城県の
牡鹿半島へ被災地ボランティアへ行って来ました。
今回はいつもの肉体労働系の活動と供に、仮設住宅でのマッサ
ージサ-ビス&カフェサービスの活動もやってきました。
カフェサービスと言っても集会所をお借りして、マッサージ部隊
がサービスしている横で、お茶と簡単なお茶菓子をお出しして話
し相手をすると言う内容ですが、私自身とても貴重な体験となり
ました。天気の事とか相撲の事とか、とりとめもないお話しをさ
せて戴くなかで、皆さんとても楽しそうにして戴き、とても喜ん
で戴いたので、こちらも嬉しくなり明るく楽しい時間を過ごさせ
て戴きました。
年を越えて被災地への関心が薄れて行くなか、自分自身もこれから
どういった関わりが出来るのかを考え、これからもボランティア
活動を続けて行こうと思った、最高の正月の三が日でした。
それでは今年一年、頑張って行きまっしょい!!
.15.2011
原発の20km警戒区域検問の数メートル手前に咲く花。
人間が決めたラインを隔てて、人は生活の全てが一変しますが、
花はどこでも同じように咲いていました。
2日目はチームを分けて、私たちは別の畑の整備に行きました。
現地で合流した拓殖大学の学生さんと合わせて十数名で、テニスコート4面分
ぐらいの土地を整備します。
元々、畑だった場所ですが、津波で大量の土砂が蓄積し、そして雑草が生い
茂っていて、とてもそのままでは利用できません。
私たちはスコップやレイキで、ひとつづつ雑草の根を掘り起こし、そして
ひとつづつ石を取り除いて行きます。
本当に気の遠くなるような作業です。。
自分たちひとりひとりの力は本当に小さく、こんな事をしていて本当に
役に立つのかと思いました。
でもそんな小さな力の積み重ね、小さな努力の積み重ねが、大きな結果に繋
がると信じたいと思います。
休憩時間、ふと畑の隅に活けられたばかりの生花のところに行くと、泥だら
けのキューピー人形とお線香が供えられていました。
そして空を見上げると、大きな鯉のぼりが一匹、泳いでいました。
きっとここには、小さなお子さんがいらっしゃったのですね。
(後日追記:ここではお嫁さんと小さなお子様が亡くなられたそうです。。)
その瞬間、心の中に、悲しみが入って来ました。。
きっとこの感情は、この地に来なければ、湧かない感情だと思います。
その事に気付けたことが、やっぱり来て良かったと思いました。
福島の状況は、他の被災地と比べて、やはり複雑です。
前回の気仙沼では、漁師さんのお手伝いをして、大変な状況ではある
けれども前に進んで行こうと言う復興への息吹が感じられました。
しかし福島では、放射能の問題が大きく影を落としています。
農業を再開しても、風評被害などで販売できない。
住宅の建設も大きく制限されている。
放射能に対する域外からの偏見も大きい。
などで、進もうとしても前に進めない現実があります。
私は前回はじめて現地ボランティアに参加して、自分に出来る事は
「続けて行くこと」 だと思いました。
そして今回は、
「伝えて行くこと」 だと思いました。
私も2回のボランティア経験で、偉そうなことはとても言えませんが、
一人でも多くの方に現地を行っていただき、感じて欲しいです。
その為、自分も積極的に「伝えて行く」ようにします。
冬に入り、現地での状況はより厳しくなると思います。
これからも自分も出来る範囲で、ボランティアに参加して行きたい
と、そう思いました。
20kmの立ち入り禁止区域の検問。
手前にコンビニがあり、そこで昼食を調達しました。
最後に。
少し暗いトーンでブログを書きましたが、この2日間仲間に恵まれ、
終始明るく、楽しく過ごすことが出来ました。
みなさん同じ思いを持って来ているので、初対面でも30秒で仲良く
なれます
そして笑顔は「うぃー」(←うちわネタ)
宿泊したボランティアセンターの児童館で記念撮影。
前列左側で作業服を着ている方が、南相馬ボランティアセンターの松本隊長。
私は中央奥で帽子をかぶっています。
.15.2011
ボランティアセンターで貰った帽子。
先週末、福島県南相馬市へボランティアへ行って来ました。
帰って来てすぐにブログを書きたかったのですが、あまりにもショックが
大きくて気持ちが落ち着くまで、まる一日かかりました。
(長文ですが、最後までお付き合いください)
そして今回、強く思ったのは、
「この地では、まだ何も終わっていない。」 と言うことでした。
今回も気仙沼と同様にJILCAでお世話になり、金曜日の夜にマイクロバス
で横浜を出発しました。
⇒興味のある方はこちらへ 。
途中、原発の警戒区域などを迂回、また通行する予定だった道路が先日の台風
で土砂崩れが発生、通行止めとなっていたりして、予定より時間がかかりまし
たが、明けて土曜日の6時頃には現地に到着しました。
宿泊は現地のボランティアセンターにお世話になるため、そこに荷物を置いた
のち、ボランティアセンターの代表(隊長)に、現地での心得などの説明を
受けました。JILCAからは22名参加ですが、他に大学生の団体や個人
での参加の方などが大勢いらっしゃったので、総勢で60~70名でしょうか。
ボランティアセンターの隊長は元自衛官の方でした。
最初に現地の状況の説明。
南相馬は人口7万人の市でしたが、700名以上の亡くなられた方がいて、
県外に引っ越しされた方も多く現在では4万人ほどになってしまったそう
です。そしてこの地は、放射能と言う問題が状況を一層複雑にしています。
そして現地の方と接する際の心得。
被災者の方々は、人が人生で少しづつ経験する「愛憎別離、生老病死」と
言う苦をいっぺんに経験しているので、普通に暮らしていてもその心の中
には私たちが想像出来ないような気持ちがある事を充分、気を配るように
とアドバイスがありました。
説明は少し哲学的・宗教的な思想が多かったので、聞いている時は???
でしたが、実際にボランティアをやって見て、その意味を実感することに
なります。
自分たちの作業は1日目は、被災されたお宅のガレキ撤去と片づけ。
チームで車に分乗して、現地へ向かいます。
街中は割と普通でしたが、海岸に近付くと様相が一変します。
海岸線から約1.5kmほどに渡って、すべての民家、畑が波に呑まれて
さらわれています。。
残っているのは、家の基礎部分のコンクリートの一部と、すでに形の
わからなくなった車や鉄骨の残骸など。そしてここにはあるべきではない
漁船の残骸。
既に震災から8ヶ月が経過し、大きなガレキは撤去されていますが、そこ
に背丈より高い草が生茂り、それが枯れて平原のようになっています。
一緒に参加したカッキーさんもFacebookで書かれていましたが、
こんな寂しい野原を私は見たことがありません。
海まで続く平原。震災前までは家や畑があった場所です。
住宅はこのように土台だけになっています。
そして今回の対象となったお宅がある場所へ。
ご主人のおじい様は、用事でとなり町へ行っている時に被災し自分は無事
だったが、帰ってきたら家もそして奥様も津波にさらわれてしまった後
だと言われていました。
笑顔でとてもにこやかにされていましたが、心は今でも深い悲しみに包ま
れていると思います。一緒のチームの女性が色々とお話を聞いていました。
話しを聞いて差し上げることも大切なボランティアの仕事だと思います。
私たちは何もできなくても、お話を聞くことで少しはお気持ちが軽くなっ
てくれたらと思います。
作業は、住居周辺に散乱したガレキと、隣の畑に埋もれたガレキの撤去に
一日従事しました。
その様子はJILCAのブログにて。
⇒興味のある方はこちらへ 。
仕事が終わった後、みんなで1.5km先の海岸線まで歩いて見ました。
全てここも、人が住む場所でした。
たくさんの方の命を奪った海だと思うと、少し怖くなりました。
夕方には作業を切り上げ、仕事後の最高の楽しみである、風呂へ。
今回は近くの銭湯へ行きました。
そしてボランティアセンターの食堂でミニ宴会の後、午後10時には寝袋で
完全就寝
長かった一日が終わりました。
2日目につづく。
.18.2011
上の写真は。片付けをした公民館の黒板。
想いがこめられています。
先週末、はじめて被災地でのボランティア活動に行って来ました。
はじめてと言うことで勝手がわからないこともあり、JILCA(ジルカ)さんと
言うボランティア団体が主催する、ボラバスツアーに参加しました。
⇒興味のある方はこちらへ 。
活動場所は宮城県気仙沼湾の入口に位置する大島と言う人口3500人ほどの
島です。
14日(金)の夜にバスで都内を出発、社内泊のち現地に朝到着。
それから午前、午後と作業を行い、現地の宿に宿泊した後、
翌日日曜日は午前のみ作業、そして再びバスで都内に帰って来ます。
島へはフェリーで向かいます。
このフェリーも以前のものは津波で使えなくなった為、広島から借りている
そうです。
一日目の午前の活動は、わかめ養殖時に使うアンカー(お重り)を土嚢で作りました。
本当は2~3tのコンクリート製のアンカーを使うのですが、それが間に合わない
ので、頑丈な袋にジャリ石を詰めて、その代わりに使うそうです。
こんな感じでダンプで運ばれて来たジャリを二人ひと組で、どんどん袋に詰めます。
出来たアンカー用土嚢、800個。
ひとつあたり、たぶん40~50kgのジャリを詰めていると思います。
久しぶりの肉体労働で腰が、イタタタタ・・・
約40人ほどで作業にあたったので、
800個÷20組で、ひと組当たり約40個を作った計算に。
1個40kgとして、40個でひと組当たり約1.6tのジャリ詰めをした計算。
こりゃ、腰も痛くなるわ・・・
でも用意した袋800個がすべて終わった充実感。
そして何よりも、現地の方がとても喜んでくれたので、ほんとにこちらも
嬉しかった
宿に返り昼食、一休みした後、午後は公民館の片付けを行いました。
そして宿に戻り、待望のフロと夕食です。
あ~最高!
その後は男子部屋でプチ宴会。
現地の日本酒、うまし!
写真でかっ!
明けて翌日、夜半に強く降った雨も、作業時にはほとんど止み、昨日とは違う
場所で、昨日と同じ袋詰めを。
休憩時間に見る、島の風景が最高に気持ち良かった。。
そして予定されていた時間で、用意されたジャリは全て袋詰め完了!
やるじゃん、みんな!
&自分!
最後の袋詰めでは、自然と拍手が湧きました。
そして超特急で帰り仕度の後、一路バスで東京へ。
途中、気仙沼港にて昼食。
現地で復興のためにいち早くオープンした、「お魚いちば」にて
「みなとまち丼」を戴きました。
もーウマウマ、最高!
帰り道で、まだ整備の手が入っていない場所も通りました。
このような写真を撮影するのは、被災者の方々のお気持ちを察すれば
良くない事と思いましたが、ボランティア主催の方に伝えるのも大切な
事とお聞きしましたので、2枚だけ撮影しました。
改めて、この光景にショックを受けました。。
そして深夜の帰宅。
以上がたった足かけ3日間のお手伝いの顛末記です。
少しは役に立てたのかな・・
そして感じたことは、現地の被災された方々は本当に辛い、厳しい思い
をされたと思うのに、本当に明るく暖かい方ばかりでした。
少しは役に立ちたいと思って行きましたが、逆にこちらがいっぱい元気
を戴きました。
私たちがこれから出来ることを考えた時、続ける事が一番重要だと
思いました。
これから数年、いや十年単位で現地では支援の手が必要になると思います。
私たちはあの3.11に味わった気持ちを忘れずに、現地の方々の気持ち
に少しでも寄り添い続けながら、思い続けなければいけないと感じました。
来月は南相馬へ行ってきます
ps.
最後にみんなで撮った集合写真を。
.12.2011
今月予定している、毎年恒例の伊豆バイクツーリングのために
主催者の銀座フランジェリコ、オーナーバーテンダーの芦さんが
Tシャツを作ってくれました。
デザインは和柄。
背中には、お店の名前と、今回のツーリングのメモリアル刺繍がされています。
そで口には自分の名前が。
芦さん、ありがとーー。
当日、はりきって着て行きます
.08.2011
今月は私の誕生日月なので、先日亡くなった父の墓参りと地元の神社へ
参拝に行きました。
お墓へは先月の新盆で母と弟と一緒に行ったばかりなので、今回はひとりで。
家からほど近くの墓へ行き、天上の父に、近況の報告とゆっくり休んでくれ
と言ってきました
その後、3歳の時からお参りしている神社へ。
普段の日曜日はあまり人影の無い神社ですが、
この日は結婚式を行っていました。
結婚式に参列されている方たちが帰るのを待って、ゆっくりとお参り。
毎回恒例の御神籤と、今度海外留学する人のためにお守りを貰って来ました。
暑い日差しのなか、喉が渇いたのと、小腹が空いたので、
“みなさんのおかげでした”の『きたなシュラン』に出た、横浜野毛の三幸苑へ。
残念、休憩中で休み
因みに、この2軒となりにあった酒屋で、学生時代バイトをしていました。
写真の右端に写っている、「かめや」と言う居酒屋の娘さんが可愛かったん
だよなーー。あの時代はうぶで、声かけられなかったけど。。
淡い思ひで。
仕方ないので、近くの餃子屋で一休み。
ギョウザとビールは、宇宙最強のタッグ。
餃子を発明した人、まじ天才。多謝。
と、まあ、平和な休日でした
.31.2011
本日は休日出勤。
溜まった仕事を纏めて片付けていますが、さっき休憩がてら
会社の近くのスポーツクラブに入会手続きに行って来ました。
ずーーっと運動不足で、ジム通いをはじめなければな~と思っ
ていましたが、今日やっと入会です。
会社加入している健康保険組合が提携しているスポーツクラブ
なので、無料で法人会員に加入でき、法人会員価格での利用が
出来ます。
運動はしばらくしていなかったので、マンツーマン指導の
ビギナーサポートを早速予約。今週からはじめます。
さあ、鈍った体に活!を入れるぞ。
.27.2011
先日、直木賞を受賞した、池井戸潤の「下町ロケット」。
昨日、仕事帰りの本屋に寄って購入、帰りの電車の中と自宅に帰って
一気通貫で読み終えました。。
とても面白かったです
主人公は、下町の中小企業の経営者。
取引先からの取引打ち切り、資金繰りの困窮、社内の軋轢などの
困難にもみくちゃにされながらも、自身と会社の夢、将来を信じて
それを実現して行く姿に、とても共感しました。
特に、
「会社とはなにか。なんのために働いているのか。誰のために生きて いるのか。佃(主人公)が突きつけられているのは、会社経営に おける、まさに本質的な問題だ。」 と言うところで、自分もいつも悩んでいる事なので、はっとさせられ
ました。
そして、
「俺はな、仕事っていうのは、二階建ての家みたいなもんだと思う。 一階部分は、飯を食うためだ。必要な金を稼ぎ、生活して行くために 働く。だけど、それだけじゃあ窮屈だ。だから、仕事には夢がなきゃ ならないと思う。それが二階部分だ。夢だけおっかけても飯はくって いけないし、飯だけ食えても夢がなきゃつまらない。」 と佃は辞めていく社員に言います。
とても良い例えだし、激しく共感。
そして、夢を求めることを忘れがちな自分自身に反省。。
ネタバレになるので、本の話しはここまでにしますが、とても良い本
です。
私はこの本から勇気を貰いました。
さあ、頑張ろう!
.21.2011
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シェアします。
いい話しだ~(泣。。)
VIDEO